大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和51年(あ)804号 決定

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人徳永豪男の上告趣意第一点は、憲法三〇条、八四条、三一条違反をいうが、その実質はすべて単なる法令違反の主張であり、同第二点は、量刑不当の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

なお、揮発油税及び地方道路税が課税済みの揮発油に右両税の課税対象外の炭化水素であるノルマルヘキサン、トルオール、アロマチツクナフサナンバー2を混和して新たな揮発油を作出する行為が揮発油税法及び地方道路税法上の揮発油の製造にあたり、混和後の揮発油の全量について右両税の逋脱罪が成立するものとした原判断は、相当である。

よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(岸上康夫 岸盛一 団藤重光 藤崎萬里 本山亨)

弁護人徳永豪男の上告趣意

一、原判決は、揮発油税法及び地方道路税法における揮発油の「製造」の概念を不当に拡張解釈し、また課税済みの揮発油についても脱税とすることによつて二重課税禁止の原則にも牴触し、もつて憲法三〇条同八四条、同三一条に違反したものである。

(1) 近代法治主義の原則である租税法律主義及び法の適正手続の保障は単に法律の定めがありさえすれば課税権が行使され得るとしたり、国民の自由及び権利が奪われ得るとしたりするものではない。

租税法律主義の原則としては二重課税の排除は勿論、課税要件法定主義、課税要件明確主義、合法性原則、手続的保障原則があげられるが、これらは適正手続保障原則同様内容的にも手続的にも実質的公正公平、正義が妥当し、国民の自由及び権利についての最大限の尊重と規制についての慎重とが要請されるものである。

(2) 被告人は僅か三ケ月間、路上またはモータープール内でタンクローリー車を用いてすでに課税済みの揮発油六一万リツトルに非課税のトリオール、ノルマルヘキサン、アロマチツクナフサNo.2のいわゆる溶済(石油製品として本来課税されないもの)二七万八〇〇〇リツトルを混和したにすぎないのである。

原審第六、七回佐藤清和証言によつてもそれぞれ課税済みの揮発油と揮発油を混和しても(新たな成分の揮発油ができても)製造とはならずあらためて課税の対象とはならない点からも、右の被告人の行為を揮発油の製造とし、タンクローリー車等を製造場とすることについては疑問がある。揮発油税法六条でわざわざ「混和」を製造とみなすとして混和と製造とを別の概念としている点からも本件の混和だけの場合を、みなし規定もなしに製造とすることは許されない。

(3) 更に、前記のとおり六一万リツトルの揮発油については課税済みであり、右の分については国の課税権はすでに行使されており、被告人による課税権侵害の問題は生じていない。

にもかかわらず、原判決は右六一万リツトルを含めた八八万八〇〇〇リツトルの全てについて脱税としている点で誤つている。

検察官ならびに原判決は揮発油税法一四条の未納税移出の手続があるのに被告人が右をなさなかつたというのであるが、被告人はすでに課税され販売ルートにのつた揮発油を購入したものであつて、被告人においていまだ課税されていないことを前提とする揮発油の未納税手続を執る余地もないし、また前記佐藤証言によつても現実に被告人のような小売業者に右手続の履践を期待することは無理であることが認められるのである。

被告人が揮発油税法一〇条、一四条の手続を履践しなかつたとしても右六一万リツトルの揮発油についてはすでに課税されており脱税を問題とする余地はないのである。

右一四条の未納税移出の手続は課税されていない揮発油を移出にもかかわらず課税しないことが実質的に妥当とする規定であつて、本件の六一万リツトルの揮発油はすでに移出時点で課税され販売ルートに乗つて小売業者である被告人の手許に届いているのである。

(4) 零細な石油小売業者ないし運送人にすぎない被告人らが、右一〇条一四条の手続をすることは業界にも例がないし被告人も右手続を知らなかつた。

脱税犯は故意犯と解すべきものであつて、右手続を執らなかつた点に二七万八〇〇〇リツトル分についての脱税と解する余地はあるとしても、すでに課税済みの六一万リツトルについてまで脱税としなければならない法益侵害も違法性認識の可能性も故意もない。

手続不知、手続不履践の効果として課税された六一万リツトルについてまで被告人に今一度課税義務を負わせるというのは、まさに不意討ちでもあり、実質的公正妥当にも著しく欠けるところとなる。

地方税法七百条の三、二項の軽油引取税の場合の控除の如きは本件でも当然考慮されなければ被告人に苛酷であつて均衡を失することになろう。

二、原判決は刑の量定が著しく不当でもある。

(1) 藤井清治調書(一審記録二六二丁、二六四丁)によつても「ブレンドであるからといつて特段不審をいだかず、他の製油所でもやつている」とあり、「被告人からの納入品はJIS規格内の全て検査の上良品と認めること、ブレンド行為について課税されることは知らなかつた」旨述べている点も被告人の行為態様を判断する上で考慮されてよいであろう。

(2) 本件において、被告人は売掛金も税務署から差押えられ、結局赤字となつており(被告人検面調書参照)被告人としてはすでに大きな打撃を受けている。

(3) 被告人は、妻子と四人家族で市営住宅に住み、共働きの収入を含めて本件当時も月一五万円程度の収入であり、現に零細業者である。

以上の次第であるので原判決を破棄され、御庁において適正な判決をされるよう求めるものである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例